アマトキシン
それは毒キノコが含有する代表的な猛毒成分にして、特殊な作用で死に至らしめる環状ペプチド。
猛毒のタマゴテングタケから初めて単離されたこの成分、正式には「α-アマニチン (alpha-amanitin, α-amanitin)」と呼び、名称もテングタケ属の学名Amanita(アマニタ)から由来している。
本記事ではそんなアマトキシン類を徹底解説していただこう。
アマトキシン類を含むキノコ
テングタケ属からは
ケコガサタケ属からは
キツネノカラカサ属からは
などがある(詳細は各リンク先から)。
食べたらどうなる?
アマトキシン含有の毒キノコで有名な症例は、
2段階に分かれて起こす症状.
摂取すると7~24時間の間に激しい下痢や嘔吐を起こすが、重度でなければ1~2日程度で収まる。これが第1段階の症状。
摂取から4~7日、毒茸!恐れるに足らん!と油断していたころに突然訪れる。
第2段階の症状による内臓破壊が
知らぬ間に進行していた劇症肝炎より肝臓はほぼ機能しなくなる。
黄疸を始めとした機能不全に加え、腎機能障害、膵臓炎など他の内臓もボロボロなる。
やがて多臓器不全に陥り…死に至るという。
発症のメカニズム
第1段階は消化器系、第2段階は内臓破壊。
この2段階に分かれる症状がなぜ引き起こされるのか解説していこう。
アマトキシン中毒のメカニズムは、
「体内のRNAポリメラーゼIIに結合してmRNAの合成反応を阻害し、タンパク質合成を妨げる」
というものだが、こんな専門用語つめつめでは
「わから~んw」
なんて声が返ってくるのは言うまでもない。
このメカニズムを知るには、人体でタンパク質が作られる遺伝情報「セントラルドグマ」を理解しなければならない。
前提としてタンパク質は人体に必要不可欠。これが欠けては生きていけない。
セントラルドグマとは、あらゆる生物に共通して備わる遺伝情報。簡単に言うと細胞内でタンパク質が作られる過程のことを示す。
上記の画像のようにDNAから「転写」という作業で「RNA」が作られ、それを「翻訳」と呼ばれる作業でタンパク質が作られる。
例えるなら…
・DNAはタンパク質を作るための「設計図」。
・RNAは「設計図」を印刷したコピー。
・その設計図を元に職人(細胞)がタンパク質を作る。
…みたいな感じである。
そのうちRNAを作る「転写」を行うには「RNAポリメラーゼ」と呼ばれる物質が必要。
これには「I」「Ⅱ」「Ⅲ」の3種類ある。
「表現がポップすぎない?」と言ったら負け(+_+)
3つの役割はそれぞれ異なり、
RNAポリメラーゼI は「rRNA」
RNAポリメラーゼIIは「mRNA」
RNAポリメラーゼⅢは「tRNA」「rRNA」を作るのだ。(RNAにも色々種類がある)。
このうちアマトキシンと関連するのは「mRNA(メッセンジャーRNA)」を作るRNAポリメラーゼII。
なお、正確に言うと作るのは「mRNAの前駆体」
「前駆体」は例えるなら、まだ空を飛べないツバメの雛。そこから様々な加工を経てmRNAができるのだ。
mRNAはタンパク質の合成に欠かせない物質の一つとなる。
ここでアマトキシン含有の猛毒キノコ「ドクツルタケ」を食べたとしよう。
すると…
このように胃腸を通過してきたアマトキシンが肝細胞に入り込み、RNAポリメラーゼ IIを阻害。
これによってmRNA前駆体が作れなくなり「転写」が正常に出来なくなる。
ただしすぐに肝細胞壊死を引き起こすわけではない。
アマトキシンが阻害するのはRNAポリメラーゼ IIのみで、阻害される前に作られたmRNA前駆体からは正常にタンパク質が合成される。
既にあるタンパク質も簡単に枯れてしまう訳ではないので、
数日から1週間程はなんとか持つが…
例えると灼熱砂漠で手元にある僅かな水を飲んで過ごすようなもの。
やがてmRNA前駆体も使い切り、古いタンパク質も枯れていき、限界が来てしまう。これが第二段階に現れる内臓壊死の正体である。
一度回復したように思える妙な「間」はこのようなメカニズムで起きているのだ。
肝臓だけでなく他の臓器に対しても同様、RNAポリメラーゼ IIの阻害により細胞が破壊されてしまう。
治療法
前提として、
アマトキシン中毒の治療に特化した解毒剤は無い。
とはいえ「ダメだこりゃ!」と諦めるのは早い。
多くの犠牲者と共に有効な治療法がいくつか見つかっている。
胃洗浄
食べた毒キノコを綺麗さっぱり洗い流せばヨシ!というシンプルかつ大胆な方法。
…だが、症状が出ている頃には肝細胞に毒が吸収されてしまうので、なるべく早期に行わないと効果が薄れてしまう。
他にも似たようなやり方で下剤を投与する手段もあるぞ!
シリビニン
シリビニンは肝臓疾患の治療に役立ってきた薬。アマトキシンにも効果を期待できるようだ。
これを静脈内投与することでアマトキシンの肝細胞への吸収を防ぎ、
RNAポリメラーゼを刺激してRNAの合成を増加させる働きもある。
N-アセチルシステイン
淡が絡むときに使われる薬だが、お酒の飲みすぎによる二日酔い防止や肝臓へのダメージ軽減効果も期待できる。
N-アセチルシステインは「グルタチオン前駆体」でもあり、肝機能をサポートする薬としても有効。アマトキシン中毒の場合、肝障害によって細胞内のグルタチオン低下を防止する形で用いられる。
その他
活性炭の投与、十二指腸チューブによる胆汁の吸引除去、血液透析などがある。
また、重症患者に「急性血液浄化療法」を行い命を救った例もある(基本的に推奨されない治療法)
…これまで述べた治療も十分に効果を発揮せず、重症肝不全によって細胞がボロボロになった場合、
殆どの場合「死」または「肝移植」の二つしか道が残されていない。いずれにせよ後遺症は避けられだろう。
摂取後36時間以内であれば適切な治療法によって後遺症なく回復するとされる。
早期治療、ダイジ、ゼッタイ
バスチアン法
上記に述べた治療法の他、フランスの医師バスチアン氏が編み出したアマトキシン中毒の対策「バスチアン法」がある。
どんな治療法かと言うと、
朝と晩にビタミンC注射
抗生物質(ネオマイシン、ジヒドロストレプトマイシン)、抗菌剤(ニフロキサジド、)を服用
治療2日目まではすりつぶしたニンジンを食べる
二日目以降は発酵乳(ヨーグルト系)を飲む
状況に応じて消化器疾患に使われる「メトクロプラミド」を筋肉注射
これ…大丈夫なのか…?
…と不安になってしまうコレ。
バスチアン氏は治療法の有効性を示すために自らの人体実験でタマゴテングタケを4本、
致死量を遥かに超える数を食べた。
バスチアン氏はすぐにこの治療法を実践、驚くことに軽症(4本食べた割には)で済み、
タマゴテングタケを食べた患者にバスチアン法を行ったフランスの一部のデータによると、50人中46人の命が助かった。
つまり死亡率を10%以下に抑えたのだ
…その一方、他の研究者からは否定されている。
かなり非論理的な治療法であったからだ。
まず抗生物質だの抗菌剤だのビタミンC注射だの、死が数日後に迫る食中毒でニンジン食べろヨーグルト飲めとかどういう理屈なのかサッパリ(ry
…効果があったのは間違いないが、現代では行われていない治療法だろう。
最後に
毒キノコは恐ろしい。
でも結局食べなければなーんにも問題ない訳で、アマトキシン含有の猛毒キノコも特徴の分かりやすいテングタケ類に集中しているので、避けるのは容易い。
そもそも「テングタケ類=毒」ぐらいの認識でいた方が良いかと。(例外はタマゴタケ)
一方コレラタケやヒメアジロガサなど特徴の薄いキノコにもアマトキシンは含まれるので注意しよう。
まあ結局知識ゼロでキノコ狩りはやめとけって話なんすけどね。